東京脳神経センター(理事長・松井孝嘉)の研究チームが複数の不定愁訴を伴う難治性むち打ち症の入院患者を対象に独自に開発した頚部筋群への物理療法を行なった結果、退院時には殆どの全身の不定症状が80%以上の回復率を示しました。
その成果を報告した英字研究論文がイギリスのBMC Musculoskeletal Disordersに掲載されました。
実は松井医師の首こり病(頚性神経筋症候群)の研究の端緒になったのが頭部打撲・むち打ち症でした。
当時も今も、むち打ち症の患者の多くが原因不明の体調不良に悩まされていました。首(頚筋)を触診すると一様に特有のコリが見られ、これによって頚筋のコリと原因不明の体調不良とは関係性があるのではないか、ということから研究し、臨床を重ね、不定愁訴の原因である「頚性神経筋症候群(首こり病)」を発見。試行錯誤の結果、治療法を確立しました。
首こり病は筋肉の少ない女性に多く、近年では幼少時代に屋外で遊ぶことの少なくなった若い男性も増加しています。パソコン、スマホ、家事、介護・・・など下を向く習慣から発症し、頭痛、めまい、うつ、動悸、パニック障害、冷えのぼせ、ドライアイ、ドライマウス、多汗、血圧不安定など原因不明と診断される数々の体調不良を訴えます。
以下にプレスリリースの内容を記載させていただきます。
<全身の不定愁訴を伴う「むち打ち症」の病態解明・原因療法確立への突破口>
東京脳神経センター(理事長・松井孝嘉)の研究チームが複数の不定愁訴を伴う難治性むち打 ち症の入院患者を対象に独自に開発した頚部筋群への物理療法を行なった結果、退院時には殆ど の全身の不定症状が 80%以上の回復率を示しました。その成果を報告した論文が BMC Musculoskeletal Disorders に掲載されます。(日本時間 2019 年 6 月 5 日 9:00)
むち打ち症(頚椎捻挫)は交通外傷の中で最も多い傷害ですが、難治症例が多く見られ、医療 の分野のみならず社会問題にまで発展しています。難治性むち打ち症の患者は、頚以外の器官に 直接的な損傷が認められないにも関わらず、全身の不定愁訴を伴うことが特徴です。 本研究は、頚部筋群の緊張や攣縮が、全身の不定愁訴に関与していることを示した世界初の知 見であり、難治性むち打ち症の病態解明および原因療法開発の突破口となるものと考えます。
【研究の背景】
むち打ち症(頚椎捻挫)は、国内外の交通外傷の中で最も多い傷害です。一般的に、「捻挫」や 「打撲」は、最長でも 1 か月以内の局所の安静や消炎鎮痛処置によって治癒しますが、むち打ち 症に限っては症状の長期化で苦しんでいる難治性の患者が多く存在します。
しかし現時点におい て、むち打ち症についての確定診断は存在せず画像所見も確立されていません。その結果、自賠 責保険などの補償期間も限定されて後遺障害としても認定されず、患者自身が自覚症状を訴え続 けても周囲の理解や同意が得られないのが現状です。
難治性むち打ち症の最大の特徴は、一般的な「捻挫」や「打撲」が局所の症状を訴えるだけで あるのに対して、その症状が頚以外の全身に及ぶ、いわゆる「全身の不定愁訴」を伴うケースが 多いことです。全身の不定愁訴は、肩こり、頭痛のみならず、めまい、動悸、吐き気、胃腸障害、 視力異常、口渇感、多汗症、冷え症、不明熱、血圧不安定、全身倦怠感、さらには、不眠、うつ 状態、強迫観念、焦燥感などの精神症状など多岐に及びます。
患者は愁訴に応じて多くの医療機 関を受診しますが、多くの場合は治癒することなく、最終的には精神科に紹介されているケース が多く見られます。それでも治癒は難しく、患者は「泣き寝入り」して我慢するか、中には裁判 となるケースも散見されます。
東京脳神経センター(下記、施設概要)では、松井病院(香川県観音寺市村黒町 739 番地)と の共同研究で、難治性むち打ち症の病態解明と原因療法の確立を目指して、10 年以上に渡って全 身の不定愁訴を訴えるむち打ち症患者を対象とした治療に取り組んできました。
【研究成果の概要】
2006 年 5 月~2017 年 5 月までの 11 年間に、東京脳神経センター(以下当センター)または松 井病院を受診した交通事故によるむち打ち症患者の中で、通常の外来治療では治癒せず、かつ頚 以外の部位に 2 つ以上の愁訴を訴えて入院となった患者全 194 名(男 82 名、女 112 名:平均年齢 45.6 歳)を対象としました。
患者に対して、頚部のみに対する低周波電気刺激療法(SSP と pain topra)と遠赤外線照射を 1 日に 2 度おこないました(図 1)。本治療法は、当センターの松井孝嘉理事長(脳神経外科)が 独自に開発したもので、従来の治療法に比べて、頚部の筋肉の拘縮・攣縮(コリ)を著明に改善 させる効果を示すことが実証されています。
他の治療介入(薬物療法や物理療法)は一切おこな いませんでした。全身の不定愁訴としては、当センターの経験から最も多い 22 愁訴(図 2)を対 象として、入院時と退院時(平均入院日数:46.1 日)における問診票に基づき、全愁訴数、およ びそれぞれの入院時の不定愁訴の回復率を解析しました。
全患者の愁訴数は、入院時は 13.1±4.1(平均±標準偏差)でしたが、退院時には 1.9± 1.2 にまで著明に減少しました(P<0.0001)。入院時に 4 つ以上の愁訴を訴える患者数は 99.0%に上り ましたが、退院時には 7.7%にまで減少しました。16.0%の患者さんは全くの無症状(愁訴数ゼロ) にまで回復しました。
愁訴別の患者数を解析すると、退院時にはうつ症状や強迫観念は全例(100%)が回復し、他の 殆どの全身症状も 80%以上の回復率を示しました。 ところが、興味深いことに、直接刺激をしている頚や肩の症状の回復は 50~60%に留まりまし た。これは、頚部筋群への直接的・局所的な治療効果に加えて、頚部筋群の緊張や攣縮の緩和が 間接的に不定愁訴を改善させるという全身的なメカニズムの存在を示唆するものと言えます。
【今後の展望】
本研究は、頚部筋群の緊張や攣縮が、全身の不定愁訴に関与していることを示した世界初の知見であり、難治性むち打ち症の病態解明および原因療法開発の突破口となるものと考えます。 我々は、このメカニズムとして、頚部筋群の間を通って全身に分布している副交感神経の関与 の可能性を考えており、現在、更なる詳細な研究を行っています。
また、全身の不定愁訴を訴えている患者さんは、むち打ち症だけには限りません。当センター による現在進行中の研究によって副交感神経の関与が明らかになれば、副交感神経標的薬剤であ るコリン作動薬およびムスカリン受容体刺激薬に頼る難治性むち打ち症患者のみならず、全身の 不定愁訴患者を対象とした、世界に先駆けての大規模な産学連携による臨床開発研究を見据えて います。